日記
これなんてネタゲーム日記?
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デキルオの治世 (2013/09/05(木) 06:00:00)

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デキルオ・ディ・ニューソクデ、12歳にして実母ヤルミ1世の後をつぎベネヴェント公に即位。

また、デキルオは既にフランスの伯爵だった父の領土(1プロヴィンス)を引き継いでいる。

が、本国からは遠く離れたこの伯爵領は、以後家臣への封土として扱われるようになる。

 

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デキルオはこの頃既にキリスト教に対して疑問を持ち始めていたとされるが、その原因は彼の摂政を務めた、司祭オーソンの影響だとされている。

オーソンは司祭の身でありながら、摂政の地位を悪用し、しばしば国庫から金を横領しており(ただし証拠は見つかっておらず、全て不問とされている)、さらに肝心の内政に対しても全く真面目には取り込まず、またそうするための実力もなかった。

実際、この摂政が統治していた約3年間、ベネヴェントの税収はガタ落ちしたという。

 

     ____
   ノ( \   /\    「国庫の金を横領しといて、何が司祭ですか!
  /⌒ ⑪::::::::::⑪ \ 
  | ⊂⊃  __'__  ⊂|    彼らが聖職者と呼ばれるなら、農民は皆教皇で、その上に君臨する私は神です!」
  ヽ    ヽ_ノ   ィ‘

 

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摂政の悪政は確かにベネヴェントに痛手を与えたが、それでもデキルオが暗殺されなかっただけ、当時の基準でいえばまだマシなほうではあった。

1030年7月31日、デキルオ1世は成人し親政を開始する。

 

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と、同時に無名名ラグネイル家のジュリエンセと結婚している。

ベネヴェント当主の第一婦人がカロリング家以外の者となったのは珍しく、恐らく先代、先々代の因縁が影響していると言われている。

 

          ,..¨ ̄ ̄¨丶
.         /        \    「カロリング家は我がニューソクデ家の宿敵です。
        / ⌒、:::::::      ヽ,
         /( ○)::::::::::::⌒    ..i    とはいえ今はまだ、矛を交えるには力が足りません。
.        i     ::::: ( ○)     |
       \  ´           /     特に先々代と母は内戦とその対処に追われてましたから尚更です…」
           \ ⌒    .__/
          /        \

 

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この頃、またもロンバルド王国復活。

さらに中央フランク王国が勢力を拡大。南仏の半分以上と、ブルターニュ半島を分捕っている。

おかげでフランス王国はもう、公爵領ぐらいの領土しか残っていない。

 

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イベリア半島ではイスラムがやや巻き返し、東方ではビザンツが順調に小アジアの領土を回復中。

 


タラント戦争

 

 

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                      ____
                   , ´         `ヽ、     1034年、デキルオは連接するタラント伯国の領有権を主張し宣戦布告。
                     /             ゙\
                ,/゙  ___>     (__`    ゙',    勝利は確実視されていたが、念のために傭兵も雇い8500の兵を集めている。
               ,/'  (  ◯'    ;  ◯)    i
               i!    ゙==''"      `== ´     |     「傭兵は信用はできませんが
               i        ´             l
               i!       _ __       ,i'       結局のところ、戦いは数を揃えられるかどうかで勝敗の7割は決まりますからね」
                ゙i、       -          ,/'
                 ヽ、           _,. - '" ̄´"ヽ
               /__-`:':´:.:._,.. - ' ' ´:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:...:.. ̄`レ‐、
               \:.:.:.:.:.:.-`:':´:.:.:.:.:.:.:.:.::/.:.:/:.:.:.:.:.:.:.:...:..:./.:.:.:.:\
               /\:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:///:.:.:.:.:.:._,.:-:.:'::.:.:.:.:.:.:´ ̄`ヽ、
              }:.\:.:\:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.://:._,:.‐:.':´.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:._,. -ー‐::
              .:.:.:.:.:\.:.::.:.:.:.:.:.:.:.:/-:':':´:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:./:.:.:.:.:.
                   :\_,:.‐:':´.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.

 

 

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途中、アマルフィ共和国がドイツと交戦状態に入り、さらにタラント伯国にも宣戦布告し、戦場は混沌とする。

が、デキルオは少数のアマルフィ軍を叩き、その後アマルフィ共和国軍の主力がドイツ本国へ向かったのを見計らってからタラント伯国領の城攻めを開始。

タラント伯国の軍は、先にアマルフィ軍に壊滅させられていたので、城が陥落した時点で開戦から一年も経たずあっさりベネヴェントの勝利が決まった。

 

       ____
      /     \    「上手いこと漁夫の利を得られましたね
    /  \   / \
  /  (●)  (●)  \   今回ばかりはカロリング家の連中に感謝しておくとしましょう…」
 |       __´___       |
 \      `ー'´    /
 /     ∩ノ ⊃   /
 (  \ / _ノ |  |
. \ “  /__|  |
   \ /___ /

 

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なお、終戦後にデキルオは突如ローマ教皇に破門を言い渡されているが、ローマ教皇に賄賂を送ることでなんとか破門を解いてもらっている。

これでますますデキルオはキリスト教への怒りと疑問を積もらせたという。

 

        / ̄ ̄ ̄ \      「腸が煮えくりかえる思いですが、
       ノし ゙\, .,、,/"u\ 
     / ⌒ (◎)ヾ'(◎)u \    私はともかく家臣の連中は宗教をそれなりに信じていますからね…
      | u  ⌒゙ ___'___"⌒ u  |
       \ u   `ヾ,┬、/` ,/      我が国まで内戦を引き起こすわけにはいきません。ここは妥協するしかないでしょう…」
.       /⌒/^ヽ、 )__( ,ィヽ、
      /  ,ゞ ,ノ ゙⌒" ,  ゝ、
     l /  /      ト/.\\

 


継承法の変更

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ベネヴェント公爵領が拡大するにつれ、選挙でニューソクデ家の人間を確実に後継者にすることが困難になったため、ドイツの王権が高いうちに相続法を嫡長子相続制に移行する。

 

 


神罰

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↑この破門事件でデキルオは吹っ切れたのか、野心を持ち勢力的に動くようになる。

右が野心の特性を持つ前の画像。

 

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さらに同時期、第一婦人が第一子出産後母子共に体調を崩し亡くなる。

 

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後妻にはまたもカロリング家以外の者を娶る。

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が、しかし彼女もまた、第一子出産後に母子共に死亡。

立て続けに妻と子を失ったデキルオに対し、世間は不信心な男に天罰が下ったのだと騒ぎ立てた。

このことはデキルオを当然追い詰める。


         / ̄ ̄ ̄ \    「馬鹿なっ…! 何故私がこんな目に…!
      /   :::::\:::/\
     /    。<一>:::::<ー>。   私が神に裁かれるというのなら、不正を働いた摂政や
     |    .:::。゚ __ ´ _~ ゚j  
     \、   ゜   ̄ ,;/゜    賄賂によってあっさり破門を解く世俗に塗れた教皇も裁かれなければおかしいではないですか…!」
    /  ⌒ヽ゚  '"'"´(;゚ 。 
   / ,_ \ \/\ \
    と___)_ヽ_つ_;_ヾ_つ.;.

 

 

 

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そしてついに体調を崩したデキルオは38歳の若さで亡くなる。死因は病死であるとされる。第三婦人のイザベルと結婚した直後であった。

デキルオは上記の通り子が一人もいなかったため、後継はヤラナイオ1世の末子、ヤルミ1世の弟であるヤルオの孫、バルデリック1世が即位する。

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