日記
これなんてネタゲーム日記?
当ブログはリンクフリーです。コメントは遅れ気味ですごめんなさい。
200711 << 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >> 200801
スポンサーサイト (--/--/--(--) --:--:--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
1940年10月

オランダ併合

WS001817.jpg


1940年 10月 25日 5:00 : オランダが我が国の領土になった!

高十「東アジアの蘭領・英領を解放することに成功しました!」

零鵜巣「次はオーストラリア領となっている、パプア・ニューギニア領を解放だ」

零鵜巣「パプア・ニューギニアを解放した後は、インド・ビルマ攻略に力を注ぐ」

高十「予想以上に英軍が手強いですからね…」

零鵜巣「…米国との戦争までにインドが解放できなかったら我々の負けだ」

高十「では、シンガポールの海軍基地が手に入ったので、ここに主力艦隊の拠点を移してインド洋の制海権掌握を目指します」

零鵜巣「まだ英国海軍の主力はこちらには来ていないみたいだな」

高十「ガスパル海戦を初めとした、英国小艦隊との小規模な海戦は何度かありましたけどね」

零鵜巣「ここまで主力が現れないと逆に不気味だな」

高十「ここまで好き放題やっていれば、近いうちにやってくると思いますよ」

零鵜巣「ですよねー」



1940年11月

11月20日

WS001819.jpg


高十「イギリスを主力とした連合陸軍二十数個師団を、ビルマで包囲することに成功しました」

零鵜巣「包囲してもどうせ海から補給受けるだろうから意味ないんだけどな」

高十「それでも殲滅することは出来ますよ」

高十「…時間はかかりそうですけど」

零鵜巣「まぁそれでも二十数個師団もの敵軍を釘付けに出来るのは大きいけどな」

高十「この様子だと恐らくインド方面の守備は手薄になってると思われます」

零鵜巣「敵さん我が国の海軍力を舐めてるな」

高十「インド上陸作戦の準備も既に開始されています」


11月22日 

WS001820.jpg

WS001822-1.jpg


高十「インド上陸作戦の準備として、豊富な希少資源と海軍基地設備があるコロンボ攻略作戦を開始しました」

高十「まずはコロンボの隣接プロヴィンスのトリンコマリーに上陸して、それからコロンボを攻め落とします」

WS001821.jpg


高十「コロンボの海軍基地を手に入れることができれば、ベンガル湾のみならずアラビア海にも艦隊を動かすことが出来るようになります」

高十「これを利用してインド西部・南部・東部からの同時上陸作戦を展開して、一気にインドを解放します」



1940年12月

WS001822.jpg


1940年 12月 7日 21:00 : 帝国陸軍第25軍団がコロンボに到着。

高十「コロンボを制圧しました!これでアラビア海まで作戦行動範囲を広げることができます!」

零鵜巣「後は本国から部隊をコロンボまで輸送して、三月に上陸作戦を開始だ」

高十「あれ?」

零鵜巣「!」

高十「今…12月ですよね?」

零鵜巣「そ…ソウダヨ?」

高十「…なんで三ヶ月も間があるんです?」

海矢「いや…その…ね?」

高十「?」

零鵜巣「ヘタレの作者が完全包囲してたはずのビルマ方面の連合軍に逆襲食らっちゃいまして

高十「アチャー」

零鵜巣「慌てて再包囲しようとしたら予想以上に手間取って…」

高十「…」

零鵜巣「試行錯誤した末やっと再包囲が終わって、ふとゲーム内時間みたら時間がやたら過ぎてた…と」

高十「なるほど…」

高十「それで?作者の弁明は?」

急に戦車が来たから…

海矢「バロスw」

高十「アホですね

…orz

ブータン併合

WS001825.jpg


1940年 12月 19日 3:00 : ブータンが我が国の領土になった!

高十「ブータンを併合しました」

零鵜巣「1プロヴィンスの国だからなぁ」




1941年1月

イギリス陸軍に予想以上に苦戦したので、慌てて常備軍にスライダーを振りました

もうこれで戦車なんか怖くない!



1941年3月

インド大規模同時上陸作戦!

20071216151849.jpg


1941年2月30日 日本軍はインド西部・南部・東部への大規模な同時上陸作戦を開始した。
西部・南部・東部それぞれに歩兵6個師団ずつ投入され、
西部上陸部隊はインドの最西端であり連合国の一員であり、さらに連合国のペルシャと国境を接するカラチに上陸。
南部部隊はインドの最南端のマドゥライに、そして東部部隊はカタックとヴィシャカパトナムにそれぞれ同時上陸を開始。
そして翌月4日21時には、西部上陸部隊を除く全ての部隊が上陸に成功した。

いや、正しくは西部上陸部隊も上陸は成功したのだが、
上陸直後に連合国のペルシア軍とオーストラリア軍の挟撃を受け、
上陸戦の直後で部隊が激しく消耗していたことや、守備陣形や指揮系統が整っていなかった関係もあり、
部隊の損害が拡大する前に再び上陸船への撤退を決意することとなった。

しかし撤退直後、兵員輸送船団の護衛を任された第十艦隊提督である高十元帥の提案から、今度はラージコットに再上陸を仕掛けることとなる。
「連合軍はペルシャとインドを陸で繋ぎ止め、海軍基地や空港まで有する重用拠点のカラチをなんとしてでも取り戻したいがために、カラチ周辺プロヴィンスの守備部隊を動かしているに違いない。
今ならラージコットを落とすのは容易い
と、高十元帥は読んだのである。

結果から言えば、高十元帥の読みは見事的中
連合軍はカラチへ周辺の部隊を一気に向かわせたため、ラージコットの守備はかなり手薄となっており、
上陸部隊は大きな被害を出すこと無く上陸を成功させることが出来た。
こうして、最終的にはインドへの西部・南部・東部への大規模な上陸作戦は成功し、
その後の日本軍による早期のインド解放へ良い意味で多大な影響を及ぼすこととなる。

…こんなことでいいのだろうか?

否!断じて否!

英国民は大いに怒った。
誇り高き大英帝国の領土を次々と黄色い猿共に奪われている現状に!
防げるはずだったインド西部への上陸を許すことになる原因を作った陸軍には特に非難が集中した。

しかし、ラージコットへの上陸を許した最大の原因は、インド洋制海権制圧を軽視した英国海軍上層部の怠慢にあると私は思う。
せめてインド洋の制海権さえ握っていれば、インドに居る陸軍は海からの補給が約束され、無理をしてペルシアとインドを繋ぐカラチを取り戻す必要はなかったはずだ。
取り戻す必要が無いということは周りの軍を動かす必要もないということだ、
つまり、インド西部への再上陸を許す原因となった「カラチ周辺の部隊を無駄に動かしてしまう」ということ自体無かったはずだ。

日本軍の力を侮るからこういうことになる。
そもそも上陸作戦を未然に防ぐのも海軍の最大の役割の一つではないか!?
何故!ここまで簡単に上陸を許す!?
コロンボを攻略されたときもそうだ!
コロンボは間違いなく英国にとって重要な拠点の一つだが、いとも簡単にコロンボ隣接プロヴィンスへの上陸を許し、
予想されていた海からの攻撃でなく「陸から」の攻撃を受け、コロンボ守備隊は全滅した。

海軍は一体何をしていたのか?

海軍さえしっかりしていれば!
せめてインド洋の西側…即ちアラビア海の制海権さえ握っていたなら!
こんな簡単にインド西部への再上陸を許すことはなかっただろうし、
カラチ奪還のために周辺の守備部隊を動かした陸軍が非難されることもなかった。

…そもそも陸軍は非難対象ではないと考える。
それどころか陸軍の判断は正しかったと私は思う。
もし、私がインド方面軍の司令官だったら
インド洋の制海権を完全に日本に握られ、これから先も受け取れるかどうか全くあてにならない海からの補給よりも
確実に受けとることが出来るペルシアからの陸続きの補給を選ぶだろう。
そしてその為なら当てにならない海からの補給を繋ぐ海岸線の防衛よりも
より可能性の高い陸からの補給を繋ぐカラチを奪い返すために全力を尽くす選択をしたはずだ。
よって陸軍のとった行動は間違いではないと私は主張する。

問題はインド洋の制海権を握ろうとしない英国海軍なのだ。
インド洋の制海権を「握れない」ではなく「握ろうとしない」としたのにも訳がある
…単純に量と質である。
勿論、英国海軍の技術力や物量が日本に比べて劣っているという意味ではない。
インド洋…というよりアジアに送り込んでいる艦隊が問題なのだ。
日本海軍は最新式の空母に巨大戦艦の主力艦に駆逐艦や軽巡洋艦などの補助艦を含む、総勢60隻以上とも言われる数の艦を保有していると聞く。
質で言えば我が英国と同レベルだ。
量で比べてみても、負けてはいない。
たが、それは全体レベルで比べてみての話だ。
インド洋限定で見てみると話が大きく変わってくる。

シンガポールが攻略される直前、ガスパル海峡で英海軍と日本海軍との初の海戦が勃発した。
その後第二次・第三次とガスパル海峡で海戦が行われ、大敗を喫したのは皆さんもご存知だと思う。
しかし、ガスパル海峡での英艦隊と日本艦隊の絶望的な戦力差についてはあまり知られていないのが現状だ。
驚く無かれ、ガスパル海戦での日本と英国の戦力比は16:4
そう、なんと四倍もの戦力差である。
これ程の戦力差があるといくら優れた艦と指揮官を持ってしても戦況を覆すのは不可能だ。
それ以外にも「質」の問題がある、
ガスパル海戦で英艦隊と砲弾を交えた日本艦隊には、
最新型の巨大戦艦二隻を含む戦艦七隻に、新型補助艦九隻を合わせた計十六隻の最新鋭の装備を揃えた艦隊だったが、
対する英艦隊は補助艦四隻のみ、しかも第一次世界大戦で使われていたような超旧式の艦まで含まれた、
質でも量でも日本艦隊と比べてはるかに劣る弱小艦隊だったのである。
素人目に見ても勝ち目がないのは明らかなこの海戦だったが、
四隻しか艦を持たない小艦隊の船員達は勇敢にも三度も日本艦隊に攻撃を仕掛けた結果、全滅した。

この海戦については、日本に宣戦布告された直後で、対応できなかったのは仕方ないとも言える。
…が、その後の英海軍上層部の対応が酷かった。
ガスパル海峡での敗北を反省することなく、いつまでも旧式装備・小規模の艦隊で制海権を握ろうとしていたのである。
その方針は結局、日本軍にインドへ同時上陸されるまで変わることは無かった。

事実、高十元帥によるラージコット上陸作戦決行直前にイギリス軍の一つの小艦隊が作戦を察知し、作戦を阻止するため攻撃をしかけていたことが分かっている。
しかし、相も変わらずその艦隊は主力艦を持たない旧式小艦隊だったので、
高十提督率いる第十艦隊の六隻の空母によるアウトレンジからの攻撃で、
イギリスの艦隊は一方的に攻撃され何も出来ずただ逃げだすことしか出来なかった。

もし、コロンボが落とされた段階でイギリス海軍の主力部隊がインド洋に派遣されていたら
少なくともインド西部への上陸は阻止できたのは間違いない。
しかし、頼みの英海軍上層部が日本を過小評価し行動を起こさなかった。
結局この上陸作戦の成功が日本のインド攻略の決定打になり、イギリスは最大の希少資源の供給源を失うこととななる。
その後、英主力艦隊がインド洋に初めて現れたのはインド同時上陸作戦が成功し、ビルマ方面連合陸軍が日本軍によって再包囲され全軍降伏した後。

つまりは全てが手遅れになった後の事である。



あとがき?

この糞つまらない上に無駄に長くなってしまった妄想文書いてて思ったんですけど、
架空戦記を書いてる人って本当に凄いですよね、やっぱ素人とはレベルが違う。
当ブログはミリタリー関係に興味ない人が多いので、
興味が無い人でも読みやすいように専門用語や詳しい知識を語れないのは仕方ないことなんです!
と、ごまかさせていただきます。
でも、やっぱり自分で読み返してみても稚拙な文章だなと思います。
語彙力とか知識がもっとあれば…いいんですけど。
まぁそれも結局は素人だから仕方ないということにして逃げさせていただきま(略)。
まだまだ勉強中の身なので、色々可笑しいところがあっても適当に鼻で笑い飛ばす程度に留めておいてください。
あ、でもコメントに
「知ったか乙wwwww」「知識無さ杉wwwww」「語彙力無さ杉www死ねやwwwww」「今度奢れよカスwww」
とか書かないでくださいね!死ねるんで
スポンサーサイト
1939年7月

高十「仏領インドシナを手に入れたことで、英領インドを解放する準備は完全に整いました」

零鵜巣「後は開戦に向けて、軍を再編成するだけだな」

高十「とは言っても、陸軍の編成は殆ど終えているんですけどね」

零鵜巣「いや…海軍が…」

高十「どうしたんです?」

零鵜巣「いやね、ちょっと最新型の補助艦(駆逐艦・軽巡洋艦)を生産・配備するのが遅れてて…エヘッ」

高十「…旧式の艦は弱い上に行動範囲が物凄くせまいですからね…」

零鵜巣「とりあえず零艦隊と、第十艦隊の分はなんとかなりそうなんだけどね…」

高十「…出来るだけ急いでください」

零鵜巣「サーセンw」



1939年8月

海軍再編成完了

WS001801.jpg

WS001802.jpg

WS001803.jpg


零鵜巣「何とか主力の零艦隊と第十艦隊の分は、新型の補助艦を揃えることが出来ました<>」

高十「逆、記号の配置が逆、><こうでしょ」

零鵜巣「そんなことはどうでもいい

高十「…」



1939年9月

日英開戦!

1940年 9月 18日 0:00 : 日本がイギリスに対して宣戦を布告。

WS001805.jpg

WS001806.jpg


零鵜巣「9月18日、我が国は連合国に対して宣戦布告する!」

高十「…なんかやたら今回の記事は、内容が薄くないですか」

零鵜巣「活字が苦手な人に対する配慮です」

高十「ただ単に面倒なだけじゃ…」

零鵜巣「日中戦争で活躍した陸軍の主力はインドシナ・ビルマ国境方面から進軍」

零鵜巣「その他の戦力は蘭領インドネシア・英領マレーシアを解放するため、上陸作戦を開始した」

高十「華麗なスルーです」


ガスパル海戦

1940年 9月 19日 13:00 : 我が軍の艦隊がガスパル海峡で敵艦隊と交戦。

WS001807.jpg


9月19日白昼 ガスパル海峡で巨大戦艦大和・武蔵を筆頭とした、大日本帝国海軍最強の火力を持つ「零艦隊」が
インドネシアへの上陸を阻止せんと向かってきたイギリス艦隊と遭遇、連合国との初の海戦が発生した。
しかし、日本軍と英軍との戦力の差はあまりに大きく
零艦隊が戦艦七隻、新型補助艦九隻、合計十六隻の最新鋭艦隊なのに対し、 
英国海軍は主力艦を保有せず、補助艦が四隻のみ(旧型含む)の小規模な弱小艦隊であった。
英国側からするとあまりに絶望的なこの海戦は、
零艦隊旗艦である戦艦「扶桑」(ふそう)が英駆逐艦を一撃で沈めることで英国海軍は堪らず一時撤退、第一次ガスパル海戦は僅か四時間で終結、日本の圧勝に終わった。
その後9月20日には第二次ガスパル海戦、9月26日には第三次ガスパル海戦が行われたが、
やはり英艦隊の絶望的な戦力の差はどうにもならず、
9月26日16時 絶望的な戦力差にも臆せず、勇敢に三度も立ち向かった英艦隊は全滅することとなった。

WS001807-2.jpg


高十「あれ?手を抜くんじゃ…?」

「いや…折角の連合国との初海戦だし…少しぐらい張り切りたくて…」

高十「さいですか」

※やっぱりこういう文章書くの下手だな、俺!と涙目になったのは秘密です



あとがき?

無理して一気に大量に書くから疲れるんじゃね?
と言うことを悟ったので、これからは長くなりそうなときは小分けして更新したいと思います。
いや、いくらなんでもこれは短すぎだろ…常識的に考えて…」だって?
アー!アー!聞こえなーい
1939年8月

1939年8月30日 ヒトラー率いるドイツは、ポーランドに旧ドイツ領であるダンツィヒの返還を要求、
これが受け入れられない場合戦争も辞さぬ、と、事実上の最後通牒を出す。

ダンツィヒか、戦争か?

しかし、ポーランドは同年3月31日にイギリス・フランスの両国から国境線の保障…つまり独立保障を受けていた。
英仏という後ろ盾を得たポーランドは、妥協などするつもりは全く無かった…

戦争だ!

1939年 8月 30日 0:00 : ドイツはダンツィヒか戦争か(平和への最後の望み)において “もう後がない最後通牒 ― ダンツィヒか戦争か” を選択したとのことです。
1939年 8月 30日 0:00 : ポーランドはダンツィヒか戦争かにおいて “では戦争だ” を選択したとのことです。
1939年 8月 30日 0:00 : ドイツで “ダンツィヒか戦争か ― 戦争だ!” が発生。
1939年 8月 30日 0:00 : ドイツがポーランドに対して宣戦を布告。
1939年 8月 30日 0:00 : スロヴァキアはドイツの側に立ってポーランドに宣戦を布告。


この宣戦布告を受けて、英仏を中心とした連合国も枢軸国へ宣戦を布告

1939年 8月 30日 0:00 : オマーンはイギリス, ポーランド, イラク, フランス, オーストラリア, ニュージーランド, カナダ, 南アフリカ, ネパール, ブータン と イエメンの側に立ってドイツ と スロヴァキアに宣戦を布告。

こうして、枢軸国と連合国による第二次世界大戦が勃発した。



1939年9月

9月25日 ドイツがポーランドを併合する

2007-12-3.jpg


開戦から一ヶ月と経たないうちに決着が付いたのは、
犬と猿、水と油などと呼ばれていた間柄の、ドイツとソ連が不可侵条約を結んだことにより、ポーランドがソ連とドイツから挟撃を受けたことと、
ドイツ軍の、それまで戦力とは見なされていなかった戦車の機動力を最大限に生かした革命的な新戦術「電撃戦」によって、
時代を読み違え、ドイツ軍の戦力を過小評価し、旧式の装備ばかりが揃うポーランド軍は瞬く間に撃破されていった。
そしてポーランドとの同盟国である英仏もまた、ドイツ軍を過小評価していたがために対応が遅れに遅れ、
結局ポーランドが降伏するまで何も出来なかったのである。

9月29日 モロトフ-リッベントロップ条約-ソ連に東ポーランドを割譲-

20071203154847.jpg


高十「独ソ不可侵条約を締結した際に結んだ協定を遵守するようにソ連がドイツに要求」

高十「これをドイツ側が了承したため、東ポーランド領がソ連のものとないました」

零鵜巣「なんでいきなり会話形式?」

高十「中の人曰く」

「やっぱり会話形式のほうが楽でいい」

高十「だそうです」

零鵜巣「さよけ」



1939年11月

20071203165805.jpg


高十「11月14日、ソ連とフィンランドとの間で冬戦争が勃発しました」



1940年2月

20071203165811.jpg


1940年 2月 21日 0:00 : ソ連はフィンランド冬戦争の終結において “すでに要求している条件で講和する” を選択したとのことです。
1940年 2月 21日 0:00 : フィンランドはフィンランド冬戦争の終結において “ソ連の要求に屈する” を選択したとのことです。
1940年 2月 21日 0:00 : ソ連で “フィンランド冬戦争の終結 ― フィンランドの受諾” が発生。


高十「冬戦争が終結しました」

零鵜巣「圧倒的な戦力の差でよくここまで戦ったものだ…」



1940年3月

3月7日 ドイツ「ヴェーゼル演習作戦」開始

20071203194117.jpg


1940年 3月 7日 0:00 : ドイツはヴェーゼル演習作戦において “ノルウェーとデンマークに侵攻” を選択したとのことです。
1940年 3月 7日 0:00 : ドイツ, スロヴァキア と ルーマニアがノルウェーに対して宣戦を布告。
1940年 3月 7日 0:00 : ドイツ, スロヴァキア と ルーマニアがデンマークに対して宣戦を布告。


高十「ドイツがヴェーゼル演習作戦を開始」

高十「これにより、永世中立国であるデンマークとノルウェーに宣戦布告しています」

3月17日 デンマーク降伏

20071203194125.jpg


1940年 3月 17日 0:00 : デンマークはドイツが降伏を求めるにおいて “軍隊を解体する” を選択したとのことです。

高十「十日後、デンマークが降伏しました」



1940年 4月

近接航空支援機生産開始

20071203195506.jpg

20071203195513.jpg


海矢「近接航空支援機を生産開始!」

海矢「航続距離は短いが敵地上部隊に対しては圧倒的な火力を誇る機体である!」

海矢「以上!説明終わり!」

高十「…誰です?」

零鵜巣「航空機好きの知人です、震電燃えだそうです」

高十「友情出演ってやつですか」

零鵜巣「恐らくは」



1940年5月

オートメドン事件

20071203200205.jpg

20071203200212.jpg


5月 2日 0:00 : 我々はオートメドン事件において “これらの書類はきわめて重要だ” と選択した

高十「ドイツが拿捕した英貨物船の中に、我が国にとって非常な貴重な書類が発見されました」

零鵜巣「ありがたく頂戴しよう」


フランス侵攻

20071203210708.jpg


1940年 5月 2日 0:00 : ドイツ, スロヴァキア と ルーマニアがベルギーに対して宣戦を布告。
1940年 5月 2日 0:00 : ドイツ, スロヴァキア と ルーマニアがオランダに対して宣戦を布告。
1940年 5月 2日 0:00 : ドイツ, スロヴァキア と ルーマニアがルクセンブルクに対して宣戦を布告。


ドイツがフランスに侵攻する際に問題となったのは、
「マジノ線」と呼ばれる強大で長大な複合要塞でした。
この要塞線を正面から突破することはさすがのドイツ軍でも難しく、
何か別の方法でフランスへ侵攻することを考えなければなりませんでした。
(上の画像の赤い線がマジノ線です。ただし、緑色の太線が引いてあるところには「史実では」要塞はありませんでしたが、HoIではゲームの仕様上仕方なく?一部のベルギー国境にも要塞線が存在します)
そこでドイツがとった方法は、マジノ線の西端にあるアルデンヌの森を戦車で突破するというものでした。
連合国側はアルデンヌの森は戦車では突破できないだろうと予測していたため、
アルデンヌの森のあるフランスベルギー国境付近には小規模の兵力しか割いていなかったのです。
こうして予想だにしていなかったマジノ線背後からの攻撃に、連合軍はあっという間に包囲され各個撃破されていきました。
これが西方電撃戦の大体の内容です。
(かな~り大雑把に説明したので、説明不足だったり、間違いなどが多々あるかもしれません。もっと詳しく正確に知りたい方は自分で調べてみてください。)


ルクセンブルク併合

20071204144755.jpg


1940年 5月 9日 0:00 : ドイツがルクセンブルクを併合。

ノルウェー併合

20071204145152.jpg


1940年 5月 26日 0:00 : ドイツがノルウェーを併合。



1940年6月

発展型空母生産開始

20071204145718.jpg

20071204145723.jpg


オランダ・ベルギー陥落

1940年 6月 8日 0:00 : オランダで “オランダ陥落” が発生。
1940年 6月 8日 0:00 : ベルギーで “ベルギー陥落” が発生。


ソ連・バルト三国に宣戦布告

20071204150222.jpg


1940年 6月 5日 0:00 : ソ連がラトヴィアに対して宣戦を布告。
1940年 6月 10日 0:00 : ソ連がリトアニアに対して宣戦を布告。

1940年 6月 23日 0:00 : ソ連がラトヴィアを併合。
1940年 6月 30日 0:00 : ソ連がリトアニアを併合。




1940年7月

フランス陥落

20071204150727.jpg


1940年 7月 8日 0:00 : ドイツはヴィシーフランスにおいて “フランスのヴィシーに傀儡政権を擁立する” を選択したとのことです。

高十「遂にフランスが陥落しました」

零鵜巣「ドイツはさすがに強いな…」


仏領インドシナ要求

20071204151010.jpg

20071204151016.jpg


20071204151542.jpg


1940年 7月 8日 0:00 : 我々は日本とヴィシーフランスの東南アジア植民地において “仏領インドシナを要求する” と選択した。
1940年 7月 8日 0:00 : 我が国に “ヴィシーが我々の要求を受諾した” が発生した。


零鵜巣「ドイツ様のおかげで無傷で領土を手に入れられたな」

高十「はい、これで遂に我が国も連合国との戦争の準備が整いました」

高十「米帝が参戦してくる前にインドを開放してしまえば、対米戦も少しは楽になるでしょう」

零鵜巣「しかし…やっと日本のターンか」

高十「作者曰く」

「もう欧州情勢説明は疲れたああああああああ」

高十「だそうです」

零鵜巣「最近、殆どドイツ様のことばかり書いてたもんな」

高十「作者の労力軽減のため、これからは欧州情勢説明に関しては少し手を抜くかもしれませんね」



あとがき?

やっと書き終わったあああああああああああああああああああああああああ!
推敲なんかやってられっか畜生!!!
つ…疲れた…次からはもっと手を抜こう…
(C)Copyright 2003-2007. Powered By FC2. VALID HTML? VALID CSS?
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。